今さら聞けない肉の常識

第58回
<しゃぶしゃぶのおいしさの秘密> 日本獣医畜産大学畜産食品工学科肉学教室

 和牛の霜降り肉は生ではあまり食べませんし,たとえ食べてもそれほどおいしいものではありません。しかし,それを用いて「しゃぶしゃぶ料理」にすると,口に入れた途端,とろけるようなおいしさとなります。日本が世界に誇る食材と料理法のひとつでしょう。ところで,しゃぶしゃぶのスープの表面に浮いてくる泡の集まりである「アク」は,しゃぶしゃぶの味に関係するのでしょうか。
 料理の本によりますと,アクとは「口に入れた時に感じる苦味,えぐ味等不味成分あるいは褐変物質をいう。植物には,えぐ味・苦味・渋味・辛味等有害な成分がある……」と野菜のことばかりで,肉料理についてはほとんど書いてありません。
 本当のところ,肉から出る「アク」の本質は正確には解明されていないようですが,結論からいいますと体には無害の物質です。スープの中に溶け出た肉の成分のタンパク質,脂質,コレステロール,ビタミン類それに毛細血管内の血液等が集まったものなのです。
 ちなみに豚肉とマトン肉をしゃぶしゃぶにした時,色の濃いマトン肉のアクは茶褐色でした。
 一般的に肉に熱を加えますと,タンパク質が熱変性を起こし,肉が収縮し,それに伴い肉汁が流出し,硬くなってきます。流出した肉汁には旨味成分がたくさん含まれていますので,肉汁流出を防ぐためにできるだけ加熱は肉の周囲のみを高温・短時間で行い,内部にはあまり熱を加えないようにします(煮豚を作る時,フライパンで外周部を焦がすのと同じ理由です)。
 加熱した肉は生肉よりも風味が出てきます。それはグルタミン酸やイノシン酸,アミノ酸などの旨味成分が出てくるとともに,タンパク質や脂肪が分解してでてきた加熱香気成分のためなのです。人が食べた時にロ中に広がる旨味成分を含んだ肉汁と,においとしての香気成分によっておいしく感じるのです。 なお,香りには生鮮香気(生肉の香り)と加熱香気(肉スープ香気,ロースト肉香気,動物種特異臭)がありますが,動物種特異臭では牛肉,鶏肉に対してはほとんどの人がおいしいと感じるのに対して,豚肉は好き嫌いがはっきりしているというおもしろい結果が出ています。
 脂肪は,脂肪球を包んでいるコラーゲンの膜が熱によって溶け,脂肪が流れ出てきますが,その温度は動物種によって違ってきます。中性脂肪はグリセリンと脂肪酸とからできていますが,脂肪酸の中に含まれている不飽和脂肪酸の量が少ないはど脂肪の融点が高いのです。ちなみに不飽和脂肪酸含有量が52%の牛肉が40〜50℃,同69%の鶏肉は30〜32℃です。
 霜降り肉の融点は,人の体温よりも高いのでそのまま口に入れたのでは脂肪の舌ざわりが悪く,香気,風味が損われ,おいしさが出てこないのです。そのため,生で食べる牛タタキや牛刺しは生鮮香気の強い赤身のモモ肉等が用いられます。一方,筋繊維の外側を囲む筋周膜や筋内喋に脂肪が入り込んだ霜降り肉は,熱によって脂肪が溶け,肉がほぐれやすく柔らかくなるとともに,加熱香味を引き出すことができます。つまり,しゃぶしゃぶは霜降り肉のために出来た料理方法ともいえるでしょう。
 鍋にスープを入れ,好みにより日本酒を加えて静かに沸騰させ,箸でつまんだ牛肉をゆっくり2〜3度ふりながら加熱,タレをつけて食ベますが,スープの代わりに牛乳でやってみて下さい。好き嫌いがあるようですが,私は大変おいしいと思います。牛乳がヨーグルト状に分離したら牛乳を加えて下さい。
 参考図書:新・調理学, 松本文子編著,光生館  (鏡 晃)  
第59回へ