今さら聞けない肉の常識

第33回
<ビーフ・ステーキを焼く> 日本獣医畜産大学畜産食品工学科肉学教室
その3 加熱によるタンパク質の変化

 生きているときのタンパク質は色々の機能をもっています。例えば、筋肉の主要部分を占めるアクチンとミオシンは身体を構成する構造タンパク質であり、筋肉の収縮と弛緩という運動を司ると同時に、その運動に必要なエネルギーを獲得するためにATP分解酵素としての機能を兼ねそなえています。このような機能の発現にはタンパク質の高次構造が寄与しています。
 ビフテキを焼いたときのタンパク質におこる最初の変化は変性とよばれるもので、タンパク質の高次構造の不可逆的な変化をいいます。これは生肉のタンパク質がもつ一定の三次元的構造を保持している種々の結合が壊されて、ポリペプチドの不規則な伸びた構造になることです。これによって、生体内で各タンパク質が未変性の状態でもっていた固有の機能は失われますが、ビフテキにはいくつかの好ましい効果がもたらされます。
 (1)表面から内部にかけて適度なかたさとやわらかさになる。(2)消化酵素の作用をうけやすくなる。(3)表面にでてきた各種アミノ酸残基が他の食品成分との反応を介して、色や香りの形成に関与しやすくなるなどの効果を上げることができます。
 次に150℃付近で高分子化反応がおこり、とくにS−S結合の関与する反応が広くみられます。これはタンパク質分子中のシステイン残基のSH基、シスチン残基のS−S結合が関与するもので、二つの分子間でS−S交換反応がおこるとS−S結合を介して二量体が形成され、さらに多数の分子が結合して非常に高分子の重合体が作られるようになります。
 さらに高温になると、その他のアミノ酸残基の側鎖による橋かけ構造ができ、重合が著しく進み、焼きすぎた肉表面のようにかたくなります。また重合化によって、うま味や肉汁を保持する機構が失われ、ぱさぱさしたものになってしまいます。
 一方、焼き温度が180〜200℃位で各種アミノ酸残基の分解、ペプチド結合の開裂などによって、低分子化がおこります。これによって生成するアミノ酸や低分子ペプチドは、もともと肉中に存在していた遊離アミノ酸や低分子ペプチドと同様に香気生成等の反応に関わることになります(本シリーズ第32回参照)。
 さらに、200℃以上250℃位に加熱されるとラセミ化という現象がおこり、本来L型であるアミノ酸がD型になることが考えられます。そして、ペプチド鎖中にD型が存在すると、私達の消化酵素は本来L型の方を識別して選択的に消化するようにできているため、D型のアミノ酸に対しては積極的に消化しません。たとえ消化吸収されたとしても体タンパク質の合成材料には当然なり得ません。
 最後に、過熱した食品が発がん性物質を含む可能性について、指摘されていますが、焼き肉の場合にもいくつかの変異原物質の生成が考えられます。よくいわれているのがベンツピレンの生成で、とくに炭火焼きの場合には煙の成分が肉に吸着されるため、比較的高濃度に含まれているといわれています。その他、ヘテロサイクリックアミンもアミノ酸やタンパク質の加熱による変異原性物質として見出されています。また、グルコースと、アミノ酸による褐変化反応生成物とクレアチニン、グリシンが反応して「Me1Qx」という変異原性物質も検出されています。
参考図書
1.身近な現象の化学
  Part2台所の化学、日本化学会編、培風館
2.食品機能化学 中村良ら共著、三共出版
3.タンパク質・蛋白質研究奨励会編、東京化学同人    (平野正男)

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