今さら聞けない肉の常識

第26回
<畜肉脂肪の酸化とフリーラジカル> 日本獣医畜産大学畜産食品工学科肉学教室

 飲食店の厨房の排気口などで油のいやな臭いに胸が悪くなったりするようなことがありますが,これは食品中の脂肪が酸化して有害な過酸化脂質に変わったためです。脂肪など窒素を含まない有機化合物が変質したような場合は腐敗といわずに変敗といいますが,脂肪の変敗は酸化が多いため,軟化または酸敗といっています。
 酸敗はさまざまな内的,外的因子によって影響を受けます。内的要因としては,脂肪酸の不飽和度が最も大きな因子となります。また外的要因としては酸素,重金属,温度,色素,水分,光,放射線,酵素などをあげることができます。そして,この脂肪の酸化をおこす元凶として,最近話題にのぼるのが“フリーラジカル”です。フリーラジカルとはペアになれない電子を抱えているため非常に反応しやすくなっている原子や分子のことをいいます。もう少し立ち入ってみますと,原子の中心には原子核があり,その回りを電子が自分の軌道を守って回っています。電子は一つの軌道をほかの電子とペアになって回りたがり,同じ軌道を一緒に回ってくれる相手がいないシングルの電子はパートナーを求めてペアになろうとします。
 百数種の原子のほとんどは他の原子と結びつくための電子があり,その電子をパートナーを求めている1本の手にたとえますと,水素には1本,酸素には2本,炭素には4本の手が生えていることになります。それぞれの手が積極的にパートナーをみつけて手をつなぎ合おうとして水(H2O),酸素(O2),・脂肪酸(CH3(CH2)nCOOH)というふうにいろいろの分子が作られるのです。このように全ての電子がうまい具合にペアになっている分子は安定して落ちついていますが,電子の手が残されていると,何をおいてもペアになろうとする不安定な分子になってしまいます。これがフリーラジカルです。
 フリーラジカルのなかには,ほかの分子から強引に電子を奪いとる乱暴者もいて,例えば,スーパーオキシド(O2−),ヒドロキシラジカル(・OH),一重項酸素(1O2)または電子配列が不安定なためフリーラジカルを生成させやすい過酸化水素(H2O2),ペルオキシド(ROOH),等があります。これらは全て酸素の活性種であり,総称で活性酸素と呼ばれています。
 さて,食肉の脂肪はこれら活性酸素からどのようにして狙われるのでしょうか。飽和脂肪酸は炭素と酸素が規則正しく,強く結びついているため襲われる心配がありませんが,多価不飽和脂肪酸の場合は,二重結合があるために酸素と水素の結びつきが比較的弱い部分があります。これが活性酸素の狙いどころなのです。多価不飽和脂肪酸を襲った活性酸素は水素原子を一つもぎると自分は安定するのでその場から消えます。しかし襲われた脂肪酸の方は大変です。安定していたところから水素原子を奪われたので自分が新しくフリーラジカルになってしまうのです(脂肪酸ラジカル)。この脂肪酸ラジカルは,隣にいる不飽和脂肪酸を装って水素を奪いとり,今度は襲われた方が脂肪酸ラジカルになってまた隣を襲うというように,水素略奪が連鎖反応になっていきます。しかも,脂肪酸ラジカルは水素を隣からもぎとっても,元の脂肪酸には戻れず過酸化脂質として安定してしまうのです。水素略奪の連鎖反応が過ぎた後には,過酸化脂質が残されていくわけです。
 犠牲者は脂肪酸だけにとどまらず,タンパク質やコレステロールも酸化の波に巻き込まれてしまいます。古くなった魚や肉の色や味や臭いが変わっていくのはこうして過酸化脂質が増えていったためです。
参考図書:豊かさの栄養学2,丸元淑生,丸元康生書,新潮文庫
(平野 正男)

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