今さら聞けない肉の常識

第19回
<SPF豚肉は生食できるか〉 日本獣医畜産大学畜産食品工学科肉学教室

 先日のある新聞に,豚肉の「たたき」「レアステーキ」が一流レストランのメニューに登場し,好評を得ていると書いてありました。牛肉料理のメニューにはありましたが,豚肉には寄生虫やその他の疾病にかかっていることが多いので,十分熱を加えて食べないと危険だといわれてきました。
 今から約20年ほど前,オーエスキー病、寄生虫病等養豚家の大損害につながる5つの疾病をなくし,生産性を高めようという発想から,先進国のアメリカ,スイスをお手本として特定病原菌不在豚(Specific Pathogen Free)=SPF豚の研究飼育が始まったのです。
豚にとって大敵の5つの病気としては,流行性肺炎※1,伝染性萎縮性鼻炎※2,オーエスキー病※3、トキソプラズマ病※4,寄生虫病※5等の人間にも深く関わりのある病気があるのです。日本では,一般的に「無菌豚」と呼ぱれることがありますが,正確には“特定の病気(上記5つの疾病)にかかっていない豚”が正しいのです。
 SPF豚の生産方法は、妊娠した母豚から帝王切開で摘出した子豚を初代とし以後2代目3代目と増やしていきます。子豚はすべて保育器内で脱脂粉乳等の人工乳で育て,ある程度大きくなりますと配合飼料に切り替え,病原菌に触れないようにした豚舎で約160日前後飼育し,肉豚として出荷されるのです。
 もちろん,飼育に関係する人々も豚への病気感染を防ぐために,細心の神経を払います。豚舎に,入るたびに,全身をシャワーで洗浄し,衣類は上着下着すべて所定のユニホームに着替えて豚舎内に入ります。
 一方,豚にとっては生まれてから一度も日光に当らず,外の広々とした運動場を走りまわることもなく,あまり広くない豚舎内で一生を送りますので,どうしてもストレス症に掛かりやすくなってしまいます。仲間のしっぽをかじったり,喧嘩をして噛みついたり,また流産する確率も高くなってくるようです。そこで,系統造成の時には,ストレスに強く、静かで我慢強い、足腰の強い豚になるように品種改良をしています。
 普通の豚を肥育している期間,病気の予防治療等のために数々な薬品を使用しますが、SPF豚は健康ですので薬品衛生費等があまりかかりません。また、肥料の消化が良く,成長が早いので費用要求率が良く,子豚の出産率育成率も良いのです。
 消費者側には,残留薬品の可能性が少なく安全性が良いという点が受けていますが,そのほか軟らかい,こくがある,脂肪が少なめである,豚特有の臭みが少ない等も受けているようです。難を言えば肉特有の弾力性,硬さ,肉の締まり具合が不足し水っぽい感じがあります。
 いずれにせよ,SPF豚肉でも、と畜・解体段階で細菌汚染する可能性もあるので生で食べるのは避けた方がよいでしょう。

*1 マイコプラズマ菌の一種が病原体で肺炎になる。有効なワクチンはなく,経済的損失から養豚家にとっては最も恐れられている病気である
*2 ボルデテラ・ブロンキプチメ菌により鼻腔粘膜に浸性の炎症をおこす。病気が進行すると上顎骨が縮み鼻が曲がってくる。
※3 豚ヘルペスウイルスが扁桃,咽頭粘膜で増殖し,脳,脊髄等に入り高熱,下痢,てんかん等の神経症状を起こす。流産もしやすい。日本では1979年に初めて発生,豚以外に牛,犬,猫にも見られる。
※4 トキソプラズマ・ゴンデイという原虫の感染による人畜共通伝染病。人は母体から胎児に感染し死・流産を起こすほか脳水腫,神経運動障害を起こす。豚以外犬猫に見られ,と畜検査で発見した時は全廃棄処分にする。
※5 人畜共通寄生虫。トリヒナの成虫は豚の象徴,幼虫は筋肉に寄生し感染豚肉の生又は加熱不十分のままで食べると人体に感染し,筋肉痛,発熱,呼吸困難等を起こす。エキノコッカスは牛,豚に寄生し,人体に人ると肝機能傷害,呼吸困難等を引き起こす。(鏡 晃)

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