今さら聞けない肉の常識

第10回
<ハムの製造でなぜ塩漬けが必要か> 日本獣医畜産大学畜産食品工学科肉学教室

 塩漬の目的は大きく分けて肉色の固定、保水・結着性、保存性、抗菌作用、塩漬フレーバーの5つがありますが,意外に重視されていないのが抗菌作用と塩漬フレーバーのようです。塩漬材として使用されている硝酸塩,亜硝酸塩は、微生物の繁殖抑制,とくに食中毒菌であるボツリヌス菌(Clostridium botulinum)に対する効果が大きいのです。10年ほど前の辛子蓮根中毒事件で有名になったボツリヌス菌は、芽胞を形成するグラム陽性嫌気性有芽胞菌で、海,河,湖等の泥土など自然界に広く分布し、菌体外に毒素を作る典型的な細菌なのです。
 この毒素にはA〜Gの7タイプがあり,わが国においてはE型がほとんどで(蓮根事件はA型、ほかにA,B型が各1例),毒性が強く胃腸症状から始まり,麻痺症状を起こす特異な神経毒で、致命率は40〜80%といわれています。
 原因食品としては,ヨーロッパでは肉製品が主で古くからソーセージ中毒,腸詰中毒といわれてきました。日本では「いずし」「ハスずし」「輸入キャビア」「辛子蓮根」等でおきています。この菌を加熱によって死滅させるのには,100℃,10分間以上が必要ですが,亜硝酸塩が共存すると63℃,30分の加熱で十分殺菌できるといわれています。また,水分活性0.94以下になると生育できませんし,ボツリヌス毒素は80℃,30分の加熱で無害になってしまいます。硝酸塩の作用効果に,肉製品の脂質酸化抑制と塩漬肉フレーバー(Cured meat flavor)の生成があります。生肉を加熱するとヘム色素蛋白質から出た遊離鉄が触媒として働き,不飽不脂肪酸の酸化を促進しますが、塩漬肉を加熱すると亜硝酸塩によるニトロソヘモクロムの形成がヘム色素蛋白質から鉄が遊離するのを防ぎ脂肪酸化を抑制します。
 一方フレーバーについては、無塩漬肉と塩漬肉とを加熱し揮発性成分について比較したところ,無塩漬肉の方がカルボニル化合物を多量に発生しヘキサテールやバレルアルデビドをはるかに多量発生することが確認され,これらの事柄は脂質酸化に対する亜硝酸塩の抑制作用から説明できるものと考えられています。しかしながら、無塩漬肉と塩漬肉とは官能的には区別できますが,塩漬特有のフレーバー本体の成因については,残念ながら今のところ明確に解明されておりません。
 塩漬における塩、硝酸塩は,肉色の固定,保水性,結着性,抗菌作用,フレーバーの生成等食味性、安全性の向上に大きく寄与していますが,少量で多くの効果を表わすのは反応性に富んだ化合物だからでしょう。
 強い酸化力でメトヘモグロビン血症を起こすなど急性毒性を示す薬品ですので,わが国においては食肉製品中の亜硝酸根(NO2)残存量を70ppm以下にするよう食品衛生法で規制されています。しかし、添加量の規制ではありませんので,塩漬以後の工程の方法によっては同じ添加量でも残存景が違ってきます。また,硝酸塩と亜硝酸塩との添加でも違ってきますので注意が必要です。
 硝酸塩添加塩漬肉には一部の亜硝酸根が非解離型として残っています。これがアミン類と反応して生ずる二トロンアミンは、多くの動物実験の結果,発ガン性を示すことから,肉製品においても多くの研究がされております。完全に解明されるまで,もうしばらく時間が必要のようです。※(鏡 晃)

※参考文献・「食肉・肉製品の科学」森田重廣監修,学窓社

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