今さら聞けない肉の常識

第8回
くと畜後,肉が硬くなる理由> 日本獣医畜産大学畜産食品工学科肉学教室

 生きている動物の筋肉はしなやかで透明感がありますが,死後しばらくすると硬直を起こして非常に硬くなり,不透明な感じを与えるようになります。硬直が最大規模に達するのは筋肉内で起こる生物学的反応の速度に依存します。すなわち,動物種,栄養状態,疲労の程度,死前後の環境温度などを反映します。グリコーゲンやクレアチンリン酸のようなATP再生源の蓄積量の多い個体ほど硬直開始時間が延長されます。
 硬直は基本的には生きた筋肉の収縮と同じで,カルシウムイオンとATPが関与して,筋肉の太い繊維(ミオシン)と細い繊維(アクチン)が結合するために起こります。しかし,生筋の収縮と違うのは,この反応はゆっくりでしかも元に戻らないという点です。
 筋肉が硬直するまでの過程で起こる主要な生化学変化は,クレアチンリン酸,グリコーゲンのようなATP再生源の蓄積量の低下で,このことがATP含量の低下につながっていきます。
 ATPはあらゆる生物のエネルギーを必要とするところでのエネルギー源で,生体内では燃料の役割を果しています。クレアチンリン酸は高エネルギーリン酸化合物といわれ,筋肉中にATPの5倍以上もあります。そしてATPのリン酸が1つはずれてエネルギーとして使われて残ったADPを,クレアチンキナーゼという酸素の助けをかりて,再びATPにする役割を果しています。
 ATP再生にはもう1つの方法があって,アデ二ール酸キナーゼという酸素の助けによって2モルのADPから1モルのATPとAMPがつくられます。一方グリコーゲンは解糖作用という複雑な径路を径て乳酸にまで分解され,その途中の反応でATPを生成します。
 このようなATPを供給する反応が進行している間はATP含量は生体内と同様に維持されます。しかし,やがてATP再生あるいは生成の原料がなくなっていきますとATP含量は急激に低下します(図参照)。
 解糖作用が進行するにつれて筋肉のpHは低下します。これは乳酸ができてたまってくるためと,ATPが分解するときにできる水素イオン(H+)がpHを低下させるためです。生きているときの動物の筋肉はpH7.2位ですが,最終的に到達するpHは5.4〜5.5となります(図参照)。
 ATP減少に伴って筋肉は徐々に収縮が進行していきます(図1の伸長度)。このとき神経からの刺激はありませんがカルシウムイオンを貯蔵していた器官が生理的機能を失って,カルシウムイオンが漏れ出し,太い繊維と細い繊維の間に滑りが起こり,アクチンとミオシンの間に強い結合ができ上がります。筋肉は短くなり,硬くなります。
 この様子を電子顕微鏡で観察しますと,太い繊維から出ている突起部はすべて細い繊維中のアクチンと固定的に結合して矢じり構造を形作っています。これは硬直複合体と呼ばれていて,両方の繊維の重なり合う部分が大きいほど硬さも大きくなることが知らされています(前号図2参照)。そしてこの硬直が生筋の収縮と違うところは,ATPがないために元に戻らないということです。(平野 正男)



第9回へ