今さら聞けない肉の常識

第7回
<と畜後しばらく肉がやわらかい理由> 日本獣医畜産大学畜産食品工学科肉学教室

 食肉店店頭の肉は,包丁で切ることも,スライサーでスライスすることもできますが,と畜後しばらくの間は,一定の形,大きさに揃えて切ることは非常に困難です。動物の肉はなぜ死後も生きているときのようなやわらかさ,つまり弾力性をもっているのでしょうか。
 食肉となる筋肉は骨格筋で,これを電子顕微鏡でみると,筋原線維が2種類の線維,すなわちアクチンとよばれる細い線維とミオシンとよばれる太い線維からできていて,実に規則正しく配列していることがわかります(図1)。
 化学的な研究の結果,アクチンとミオシンだけで筋肉の全タンパク質の約70%を占めていることがわかりました。したがってアクチンとミオシンは私たちの栄養として重要な動物性タンパク質資源ということになります。
 生きている筋肉が収縮と弛緩をくり返すことができるのはアクチンとミオシンが結合したり,離れたりするためです(図2)。そのときカルシウムイオンとATPが必要なのです。ATPという物質は,あらゆる生物のエネルギーを必要とするところで必ずといってよいほど顔を出します。すなわち,生体内では燃料のようなものです。
 筋肉の収縮の場合,ミオシンの突起部はATPを分解する働きをもっています。そのとき発生するエネルギーがアクチンとミオシンの結合による収縮・弛緩に使われます。この一連の反応が起こるきっかけをつくるのがカルシウムイオンなのです。
 ちょっと話がそれてしまったようですが,そうではありません。動物の死によって体内の全体の系統的な代謝は止まりますが,各組織はそれぞれの部位でのコントロールによって特有の代謝を続けます。この時期に筋肉は活発な収縮はしませんが,他の部分でエネルギーが使われます。つまり,ATPの消費は続きます。
 ところが,と畜後しばらくの間は筋肉内のATPの量は生きている筋肉中と同じように保たれています。この理由は,死後でも筋細胞中でATPの再生が行われているためです。そして消費されるATPの量と再合成されるATPの量がパランスを保っている間は,筋肉は生きているときと同じように,他からの力によって伸び縮みできるのです。しかし,これは収縮・弛緩ではありません。筋肉が弾力性を保っているのは,別の弾性タンパク質によるものと考えられています。
 やがてATP再生の原料などがなくなってくるとATP量が低下し始めます。そして使われるATPの供給が間に合わなくなってくると,筋肉の弾力性は失われていくのです。こういう状態になってくると,カルシウムイオンを貯蔵していた器官もその機能を失って,カルシウムイオンが筋細胞内に漏れ出してアクチンとミオシンの結合が始まります。そして柔軟剤としての役をしているATPがなくなってしまったためにこの結合は元に戻らなくなってしまいます。(平野正男)



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