今さら聞けない肉の常識

第4回
く塩の効能> 日本獣医畜産大学畜産賞品工学科肉学教室
 2カ月ほど前の朝日新聞紙上に,イギリス北部リーズの食品会社が1892年に購入し,長いあいだ事務所に飾っておいた約1kgの生ハムが,101年後の今年ロンドンで競売にかけられ,990ポンド(日本円で約16万5000万円)で落札されたという記事が載りました。
 イギリスには古くから世界に誇れるハムとして,イングランド北東部で飼育されているヨークシャー種の豚肉を原料とした「ヨークハム」があります。このハムは骨付きモモ肉を約1ヶ月間の塩漬け後,カシの木のチップで燻煙を約2ヶ月間行うので,木の香りがしみこみ独特の風味があります。14世紀頃から作られているので,今回の生ハムはこの種類と思われます。
 中国においては,今から約900年前に作られた,中国の塩潰け肉の始まりと言われている「金華火腿」が有名です。豚の腿から足先のヒズメまで,骨付きのまま長期間塩漬け乾燥させたもので,肉を切ると内面が火のように赤いので火腿と名付けられたといわれています。もちろんそのままでは塩分が強く,乾燥して硬いので食べられません。茄でて塩出しした後,薄切りして食べたり,煮込み,炒め物等にしますが,「金華火腿百菜譜」という料理の本があるぐらい利用方法が多いようです。
 日本においても,太古から肉食をしていますが,塩潰け肉の文献はあまりなく,ハムとなると臘干(らかん)などと称して幕末の文書に出てくるくらいで,ほとんど不明です。1856年下田着任のハリスに野豚のハムを供給す,という文献がありますが,これが日本製ハムの始まりのようである。肉以外の塩漬品としては,塩タラの干物,梅干等があります。
 さて,主役の塩ですが,BC1000年頃から,肉魚等の多く取れた時から不足した時への保存手段として,乾燥方法,燻煙方法とともに塩蔵方法が発見されたといわれています。その頃の塩は岩塩で,不純物として入っていた物質(硝石)が肉の赤味を保持することも経験的に学習したといわれています。ただ古くは塩自身が防腐力を持っていたと信じられていましたが,塩貯蔵効果の主な理由は塩による脱水作用で,その他に細菌に対する塩素イオン作用,蛋白質分解酵素の阻害作用等があります。
 肉を構成している細胞は,筋繊維細胞をもととして多くの細胞があります。細胞にはそれぞれ細胞膜(筋形質膜ともいう)があり,その中にコロイド状の肉漿等が入っています。肉が塩に漬けられると,塩水になり(塩は水にとけやすい無色の結晶で,吸湿性が大きく,水分があればペトペトとした塩水となる),ただちに透過性のある綿胞膜を中心として細胞内に塩水が入り,細胞内からほ水分が出てきて平衡を保つための浸透作用が始まるのです。この時,細胞内の蛋白質はコロイド状溶液をしているため,分子が大きく半透膜である細胞膜は通過できず,出てこないのです。このようにして脱水されますが,細菌自身も濃度の濃い塩水中では,網菌細胞が脱水,収縮,生活力を失い発育阻止されるのです。
 肉に対する塩分の浸透速度は,濃度の差が大きいほど,また温度が高いほど早いといわれています。しかるに塩のみで貯蔵性を持たせるためには,相当量の塩(50%以上)を必要としますが,現在は味覚上から,健康上から低塩濃度となり,塩による保存性よりはむしろその他の目的である肉色の固定,塩漬熟成フレーパー,保水性,結着性等に重点を置くような塩の利用法となっています。
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